ファミコン世代の私が、昔のゲームを面白いと感じる5つの理由


こんにちは、1979年生まれのファミコン世代です。ゲーマーとしてはとても素敵な時代に生まれたと感じています。そういえばゲームアーカイブスやバーチャルコンソール、レトロフリークなどのレトロゲームも好き好んでプレイしているのですが、昔のゲームって面白い!と思って続けていてもクリア直前で投げ出してしまうんです。「だって結末知ってるし…。」ついなんとなく昔のゲームに手を出してしまうものの、実は脳内で何かしら補正がかかっているような気がする!ということで、ファミコン世代として一度自分のレゲー好きの理由、言い換えれば昔のゲームを面白いと感じる理由を振り返ってみることにしました。

懐古的な気持ち、思い出補正

「思い出は美化される」なんて言われますが、昔の記憶って得てして良く描かれるものらしいです。(もちろん心の傷みたいなものは別でしょうが…)最初美しい思い出も嫌な思い出も同じレベルで記憶されているようなのですが、人が精神状態を健康に保つため、自然に嫌な記憶には次第に抑制がかかり、思い出しにくくなっていったり、綺麗なものに書き換えられていくらしいです。
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あの頃は楽しかったなあ…

言われてみれば、あの時代は何でも楽しかったなあ…なんて思ったものの、よくよく思い出してみると、本ブログのタイトルの通り、隠れてゲームをプレイしては取り上げられて叱られて…なんて、かなりスリリングな生活をしていたように思い出します。ああ、思い出してきた。すげー怒られてたな(笑)。
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親父にゲームボーイ破壊されたし(笑)

同じように記憶の改ざんで、昔プレイしたクソゲーであっても、その中に楽しさを薄々感じていたり、あるいは当時のプレイ環境を思って幸福感を感じているのかもしれません。

高グラフィックゲームに感じる「不気味の谷」

しかし最近のゲームはグラフィックがリアルです。かつてグラフィック自慢だった日本のゲームだけではなく、リアルを追求する海外のゲームはそれはもう実物さながらです。
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なんかリアル過ぎて不気味「cyberpunk 2077」

リアル過ぎて不気味、つまり違和感なんです。なんでもCGと実物との境目に感じる違和感は「不気味の谷」と呼ばれているようで、ここに大きなハードルがあるため、なかなかCGを実写と認識することには至っていません。
最近では日本人夫婦アーティストの「TELYUKA(テルユカ)」さんが作り出したリアルすぎる女子高生CG「Saya」が話題を呼んでいますが、まさに職人技で、とにかく手作業で微修正を加えてやっとできたもののようで、不気味の谷をやっと越えられるか?という段階にまで迫っているとのことです。
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確かにぱっと見は人間の女の子のように見られなくもない、凄い!

個人的にもCGここに極まれり!という印象があり、いかにも日本人らしい職人芸だと感動しましたが、この不気味の谷も個人差があり、当然人によっては未だに不気味さを感じてしまうでしょう
さらに今この「Saya」を人間に近い動きで動かす試みが進められているとのことですが、動きは描写同様かそれ以上に不気味の谷が深く、再現が難しいとのことです。
不気味の谷とは少し違いますが、グラフィックだけじゃなくて音声について。最近はほぼ全てのゲームで音声が入っていますが、自分がイメージしている喋り方との乖離があると違和感を感じるので、時にこの音声がドーパミンの分泌の妨げに成ってしまう可能性もあるため、「ゲーム音声不要論」も挙げられたりします。
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良いセリフ言ってても、音声が入ると妙に萎えてしまう…

表情の分からないグラフィックに、想像力を掻き立てられる

で、グラフィックや音声が無いと、脳内補完で自分に都合のよい解釈やキャラクターの表情を想像することができます。ドット絵や2Dファンも多いですが、細かい表情はプレイヤーに依存したある程度のファジーな描写はそれはそれで魅力的です。
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どんなイケメンな表情で語り合っているんだろうか…いや、意外と3枚目のおちゃらけキャラだと味わいがあるか。

個人的には読書に近い感覚に浸れるのかな?なんて思います。自分のペースや空気感で心地よく世界を作り上げることができます。これは読書の醍醐味であり、人が本を読み続け、今の時代に至って新しい作品を残してきた理由ではないでしょうか。
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キャラクターの表情を思い浮かべます

目が肥えてきた

初めてゲームの楽しさを知った時、それがドンキーコングだろうがマリオブラザーズだろうが魅力的でした。
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今プレイしたら数分で飽きてしまうゲームも、昔は没頭したものです

似たゲームをプレイするとどうしてもオリジナルを想起してしまうし、次に求める楽しさのハードルもどんどん上がっていくため、当初感じたのと同じレベルの衝撃を感じることはなかなか難しくなっていきます。

子供の頃にみんなでワイワイ遊んでいた

悲しいことに大人になると時間が無くなったり、他にも楽しい娯楽を見つけたりしながら段々とゲームをしなくなっていきます。昔ゲームをしていた子供の頃は、友達と情報交換したり、あるいはどこかに集まって一緒になってプレイしたりしたものです
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大人になった今ではオンラインやシェアプレイで楽しめますが、そういうことじゃないんですよね。

誰かと一緒にゲームするのって楽しいですよね。結局コンピューターじゃなくて人とのプレイは白熱するし、人のプレイを見るのもその人の人となりを見ているようで何だか楽しいものです。

今は今でゲームは楽しいはず!

長い年月を経て、環境が変わったり、刺激に慣れてしまったりしながら、いくつもタイトルを渡り歩いていますが、その次に見つける楽しさも体験したことない楽しさであることは間違いありません。レゲー大好きな私ですが「昔のゲームは楽しかった…」なんて寂しいことは言わず、タイトル毎のオリジナリティある楽しさを味わえるようになりたいものです。
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古くても新しくても、ゲームなんて楽しんだもん勝ち!

逆に言えば古いレトロゲームを漁れば昨今とは全く違うテイストのゲームを見つけることができるかもしれません。是非若い方にもレトロゲームに触れていただきたい!おじさんこう思うわけであります。


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